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教育の本質による教育責任

ある販売会社の方針から、

どんなに売上を上げていても、それが経営基本方針に反したものであるならば、決して評価されないどころか、厳しく叱られる会社であるということを繰り返し教え、売上のためには手段を選らばない営業の在り方を厳しく戒めて、世界的企業になった会社の教えがある。

教育は、目的のために手段を選ばないことを教えるのか、目的のために手段を選ばないやり方を厳しく戒めるように教えるのか、教育の本質にかかわる問題である。

何のために武道をやっているのか?
勝つためには何をしてもいいのではない。武道を通じて、人としての在り方を学ぶのが本来であると教えるのが教室である。

教育の世界に於いて、すべては指導する側の責任である。
普段から、勝利のために卑怯な手段を選ぶようなことはしてはいけないと厳しく教え込まれていたら、「潰してこい!」と命じられたら、正々堂々と気合を込めて真っ向勝負と理解するだろう。
これが勝つために手段を選ぶなと教えられてきていたら、「潰してこい!」と言われたら、指導される側は、方法を選ばず、どんな手を使ってでもやってくるだろう。

今までに何を教えてきたのか、その根本を問われているのである。

これは、子供たちがどのような行動を取るかも指導者の根本が問われていると、自分に今一度考えさせられたきっかけとなった。
指導される側の受け止め方が誤解だったとは言えない。
まことに教育責任は重い・・・

                 by kuwa-chan

[1309] by kuwa-chan (2018/06/25 Mon 23:57)

[1309] 教育の本質による教育責任 by kuwa-chan 2018/06/25 Mon 23:57コメントを書く